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神楽坂とお酒のハナシ
出演:菊地凛子、川瀬陽太 監督:菊地健雄

マチビト 神楽坂とお酒のハナシ

 下町の雰囲気が残る街を散歩したり、銭湯や老舗の酒場といった情緒あるお店を訪ねたり。何やら最近、そうした散策の仕方がブームになっているようだ。街歩き、街散歩、東京街めぐり……。呼び方はいろいろあるが、言葉にした瞬間、妙な気恥ずかしさにおそわれるのは、まるでおしゃれなカルチャー誌の特集タイトルのように思えるからなのか。そんなたいそうなものではなく、ただ道を行ったり来たりして、好きなお店に入るだけなのに。そんなむずがゆさを抱えつつ、街をテーマにした番組や雑誌の特集などを目にすると、ついつい追ってしまう。

 「マチビト」という番組は、まさに「街を歩く」をテーマにした作品だ。監督は、2016年に映画『ディアーディアー』を監督した菊地健雄。俳優の菊地凛子と川瀬陽太が出演し、架空のWeb媒体の取材という設定のなかで、東京・神楽坂の街が魅力的に映されていく。俳優たちはそれぞれ編集者とカメラマンという役柄を演じているのだから、番組自体はフィクションだ。だが、彼らの取材相手として登場するのは実際に神楽坂で働く人々であり、架空の取材を装ったドキュメンタリーと言えなくもない。

 ふたりの取材の目的は、伊勢神宮の御料酒「灘の白鷹」と神楽坂の繋がりを明らかにすること。まずは江戸時代に牛込馬場・神楽河岸で創業した酒類問屋、升本総本店の代表取締役社長を訪ね、「白鷹」の歴史と街との関係について話をうかがう。90歳を超えた社長が語る酒と街の物語からは、彼自身が体験した長い歴史がかいま見え、うっとりと聞き惚れてしまう。次に彼らが訪ねるのは、升本総本店からのれん分けしたという升本酒店。こちらも創業百年を超える歴史を誇るお店であり、のれん分けシステムから家族経営のあり方まで、和やかな雰囲気で話が進められていく。最後に訪ねるのは、やはり酒場。神楽坂に乱立する酒場のなかでも、隠れ家的雰囲気で美味しいご飯とお酒を楽しめるとっておきの場所として知られるトキオカ。取材の最後に行き着くこの酒場では、当然「白鷹」をいただくことになる。升本総本店の社長が教えてくれた「白鷹」のもっとも美味しい飲み方を試すふたりの様子に、思わずため息が漏れる。

 30分ほどの映像の中でぜいたくに映される神楽坂の街並みを眺めていると、物語における取材という設定は実に便利なのだと今さらながら気づかされる。どこか飄々とした雰囲気の悦子(菊地凛子)と、どうやら相当な呑兵衛らしい池田(川瀬陽太)の取材は、ときにふらりと横道に逸れていく。そのほんの小さな脱線こそが、神楽坂という街をさらに魅力的に見せてくれる。

 かつてそこに在ったもの。今は消えてしまった風景。そして今も変わらずに残る場所。神楽坂という街のなかで映された、街と酒をめぐる物語。この短い取材のなかで、人生に関する啓示をかすかに感じ取ったらしい悦子と、酒にまつわる大事な言葉を覚えた池田。彼らが次に訪ねる街は果たしてどこになるのだろうか。

月永理絵

神楽坂とお酒のハナシ

2016年/30分/HD/16:9/カラー

出演:菊地凛子、川瀬陽太

監督:菊地健雄

製作:Sunborn, TOY'S FACTORY

街をテーマにしたWebメディアの立ち上げを命じられた編集者の悦子(菊地凛子)は、ネタ探しのために街歩きの日々。あるとき、神楽坂(東京都新宿区)の神社に積まれた酒樽を目にしたことをきっかけに、神楽坂の街とお酒の関係に興味を惹かれた悦子は、旧知のカメラマン池田(川瀬陽太)を呼び出し、その関係を探るべく取材を開始する。仕事に追われ、鬱屈とした感情を抱えていた悦子だったが、街を歩き、そこに暮らす人々との会話を重ねるうち、その表情は穏やかさを取り戻していく──。

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